歴史上、日本社会を大きく揺るがしたのは、15世紀後半の応仁の乱から17世紀初めの江戸幕府成立までの、約1世紀半にわたる戦乱の時代である。映画、TVドラマや小説では、この時代が最も人気がある。
しかし、なぜこのような長期の戦乱時代が到来したのか、説得力のある説明は、学校の歴史の授業も含めて、これまでなされてこなかったように思う。きっかけは、室町将軍の権威失墜を背景として、山名宗全と細川勝元の私闘だったとされて、物語的な経緯は多く語られているが、マスの力学としての社会科学的な説明はあまり聞いたことがない。
ところが近年、日本中世史家の藤木久志氏(立教大学名誉教授)は、15世紀に入って天候不順が続き気温が低下した結果、全国各地で飢饉が頻発し、食い詰めた農民が流民となって京都に大量に流入してきたことを戦乱時代のきっかけと指摘している。
鎌倉・室町時代前半までは、3~5年に1回程度発生した飢饉は、応仁の乱前後以降は、2年に1回の頻度で発生したとしている。応仁の乱の直前には、「京都内の餓死者8万人以上」とも言われている「寛正の大飢饉」が発生している。これらの各地からの飢饉流民は、やがて雑兵・足軽となって各勢力に組み込まれ、次第に不穏な情勢が醸し出されたとしている。
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京都だけでなく、全国の領主は、食糧確保を巡って近隣と小競り合いを繰り返すようになり、これが京都内の私闘開始に連動して、次第に全面的な騒乱状態に至ったようである。
仕事のできる人は、仕事のことを考えて仕事しているなぁ。 それ以外の人は、自分のことを考えて仕事しているなぁ。 何をやっていても、常に「自分」が意識にあると、それがじゃまをして仕事をまっとうできない気がする。
人類最古の文明であるメソポタミアでは、当初の約1000年間は、建造物に日干し煉瓦が使用されていたが、5000年前頃からは、より堅固な素焼き煉瓦が使用され始め、3000年前頃にはピークに達し、多くのモニュメントや大型建築に驚くほど莫大な量が使用された。
その結果、レンガ製造の燃料として、周囲の森林は大規模伐採されて枯渇し、雨期に大洪水が多発するようになる。この辺の事情は、人類最古の記録された叙事詩と言われるギルガメシュ叙事詩に記され、森林伐採による度々の大洪水の記述は、後のユダヤ教の聖書にある「ノアの箱舟」伝説のもとになったのではないかとも指摘されている。
メソポタミア文明の中心であった都市国家、ウルとウルクは、最盛期に20~30万の人口を抱えていたとされるが、森林伐採による土壌流失と、その間接的影響による灌漑地の塩害によって農業の人口支持力は激減し、やがて文明は崩壊した。
約4000年前に栄えたモヘンジョダロの遺跡で有名なインダス文明では、都市自体が素焼きレンガで建設されていたために、その膨大な量のレンガ製造のための薪炭用に、周辺の森林が徹底的に破壊し尽くされた。結果、雨による土壌流失と交易港が土砂で埋まった事に伴って、滅亡したとの説が有力である。過度な薪炭採集による森林破壊で、人口が激減したのだ。
“Life is a great big canvas, and you should throw all the paint you can on it.” - Danny Kaye
Picture by: >taylor<
Duck eggs on toast (via Beamtwenty3)
もう一度人生をやり直せるなら・・・・
今度はもっと間違いをおかそう。
もっとくつろぎ、もっと肩の力を抜こう。
絶対にこんなに完璧な人間ではなく、もっと、もっと、愚かな人間になろう。
この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。
もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。
もっとたくさんのチャンスをつかみ、行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。
もっとたくさんアイスクリームを食べ、お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。
もっと本当の厄介ごとを抱え込み、頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。
もう一度最初から人生をやり直せるなら、春はもっと早くから裸足になり、秋はもっと遅くまで裸足でいよう。
もっとたくさん冒険をし、もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、もっとたくさんの夕日を見て、もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。
もう一度人生をやり直せるなら・・・・
だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。
私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?
自分に規制をひき、他人の目を気にして、起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、構えたり、落ち込んだり ・・・・
もっとリラックスしよう、もっとシンプルに生きよう、たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして、人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。
人生は完璧にはいかない、だからこそ、生きがいがある。